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それから -sorekara-

懐かしいを新しく「それから」 Nostalgic new "And Then"

About 「 それから -sorekara- 」について

子供の頃の記憶が原点

 奈良の田舎で育った僕はとてもとてもおばあちゃん子で、いつもそばにくっついている幼少期でした。日常でよく目にして今でも鮮明に覚えているのが、布団や服を器用に直している姿。じいちゃんもそうでしたが、戦中戦後を必死に生き抜いてきた二人は「使えるモノは直して使う、使えなくなったら新しいモノに作り変えてまた使う」を続けていたように思います。そうした生活が原風景となり、思い入れのあるモノだけど使わなくなったモノのその先を考える「それから -sorekara- 」の原点になりました。

Comcept 「 それから -sorekara- 」でやりたいこと

  • 01

    きっかけは祖父母の遺品整理

    引き出しを開けるたびに蘇る思い出の数々
     祖父母が亡くなって暫くしてから始めた遺品整理。家族でクローゼットやタンスの引き出しを開けるたびに蘇る思い出やエピソードは、笑えるものから少しホロリとするものまで様々です。祖母の誕生日のお祝いで和食処に家族で行ったときには、お気に入りのまっ白なファーのカーディガンに赤だしの味噌汁が盛大にこぼれ落ちるアクシデントがあり、そのときの衝撃そのままに今でも家族の話題に上がってきます。晩年は出かける事も少なくなりましたが、田舎暮らしのわりには二人ともお洒落で、大量の服が出てきました。長年しまっていた服は薄っすらと残る防虫剤の匂いと湿度を感じ、ところどころに虫食いのあともあります。いくら故人の思い出や思い入れがあったものでも、すべてを残すわけにもいかず、時に残酷な処分をせざる得ない時もあります。また流行の違いで着るに着れない色やデザインも中にはあると思います。「そのままでは使い道に困る衣類を何か別のモノとし使えないか」ここで幼少期に見た祖父母の記憶が蘇りました。
  • 02

    「衣類」としてではなく「生地」として考える

    小学生のときの学校での記憶
     幼少期のときに見た「使えるモノは直して使う、使えなくなったら新しいモノに作り変えてまた使う」を続けていた祖父母の姿を思い出したとき、自然と小学生の頃を思い出しました。生まれ育ったまち、奈良県三郷町は江戸時代から続く鼻緒履物のまちになります。小学生のころは男の子は青色、女の子は赤色の鼻緒の草履を上履きとして履いていました。「祖父母の衣類をそのまま使うのはなかなか難しいけど、鼻緒のようなワンポイントなら使えるかも」と感じ、祖母の青いブラウスを手に地元の製造工場に相談に向かったのが始まりです。写真の淡いピンクの鼻緒の雪駄は、撮影に協力してくれた友達の浴衣で仕立てたモノで、子供の頃におばあちゃんに着付けしてもらった思い出を話してくれました。※祖母のブラウスで仕立てた雪駄は商品一覧に画像があります。
  • 03

    見知らぬ誰かの幸せのお手伝い

    インターネット通販だからできること
     僕は10年以上家具のネット通販の仕事をしていますが、ネット通販という性質上、お客様と実際にお会いすることはほとんどありません。お客様との関係が希薄になりがちですが、なかにはお届け後のお写真を送ってくださったり、御礼のお手紙をいただくこともあります。この仕事をしていて肝に銘じているのは「見知らぬ誰かの幸せのお手伝い」をしているということ。「 それから -sorekara- 」は、お客様の大切な思い出をお預かりして新しいモノに作り変えてお返しするお店です。改めてその責任を感じながら運営したいと思います。大切な人へのプレゼントや結婚式でのご両親への贈呈品、還暦のお祝いや七五三にあわせてなど、様々なシーンで少しだけ幸せのお手伝いができればとても嬉しく思います。
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